小学5年生の1月の晴れた日曜日のこと,何者かに僕と友人のラジコンが盗まれました。正確には,僕のではなく弟が誕生日に買ってもらったものでした。
タミヤの組み立て式のもので子供のおもちゃとしては,結構値の張るものでした。
当時は,子供たちのあいだでちょっとしたブームでして,ファミコンに飽きた後に持ち出しては外で遊んでいました。
その日の午前中,友達と二人で近くの公園でラジコンを走らせていました。
広場で走らせ続けていましたが,充電が切れてしまったためお昼もかねて友人の家に一旦もどってお昼にすることになりました。
まだ,当時の僕は世の中の人がすべて健全で最低限の思いやりを持っていると思っていました。学校では人は信じるものと教育されていましたし,やってはいけないことをやった人には必ず罰が下り,理不尽なことで苦しい思いをしている人にはいつか必ず報いが訪れると信じていました。
僕らは,外に置いた自転車のかごにラジコンを入れたまま友人の自宅に上がっていきました。。。。。。。。
お昼を食べ終わって,さて自転車でどこか出かけようとしたところ・・・
あれ?
どこにおいたっけ?
事態に気がつくのには,時間がかかりました。
人というのは最悪の事態があったと認識するまでに時間を要するものですね。
真冬の北風の強い午後に顔から汗が滴り落ちます。
交番に駆け込んで事情を説明しました。
若いおまわりさんが,優しく対応してくれました。
(この人なら何とかしてくれるはず。正義の味方だから)
そう思うよりありませんでした。
冬の日暮れは,あせって探している僕らにとってはとても早く,探しつかれて途方にくれる頃にはとっぷりと暮れていました。
家路をたどり家のドアの前まで来たとき
(このまま帰ったら,どれだけ怒られるだろうか)
そう思った僕は,午前中までラジコンさんが元気に駆け回っていた公園に戻りブランコに揺られながら一日を思い返していました。
〜午前中は楽しかったな〜
〜まぁおまわりさんがきっと何とかしてくれるだろう〜
〜あのとき,家に持ち込んでいれば〜
重い悔恨の念に苛まれ家に帰る気にもなれず,そのまま公園に住むことに決めました。
夜の8時くらいでしょうか。両親が公園まで探しに来ました。
なぜ,公園にいるか分かったかというと・・・まぁそういうことなんです。
毎度ながら子供なりに計算がありました。
翌朝,登校するとすでにクラスでは話題になっていて10人くらいに取り囲まれました。
「大変だったな」「俺たちが探してやるよ」
(みんなぁ〜〜〜〜)
ということで10人くらいの緊急捜査本部が設置されました。
放課後,直ちに三手に分かれて捜査を開始しました。
第一捜査隊:1時間ほど探したけれど見つからず隊員の家でファミコンにふける。
第2捜査隊:モグラの穴を見つけてホースを穴に突っ込んで放水して捕獲作戦を実行。
第3捜査隊:駄菓子屋でうまい棒の品評会
(お前らただ暇つぶししたいだけだろ)と思い始めた頃,"昨日それらしきラジコンを持った中学生3人組を発見した"という報告を盗難に遭った翌週の月曜日に仲間達から聞きました。
その日は少年野球のため捜索には参加できませんでしたが,みんな集まって探してくれていたそうです。
なんでも,みんなで3人組の後をつけて公園で遊び始めたところで何名かが警察を呼びに行き公園まで連れて来たそうで,おまわりさんが中学生に事情を聞いていたもののお咎め無し(何を話しているかは聴こえなかったらしい)で放免したということでした。
そのあと,その中学生に追っかけまわされて逃げ回っているときに鉄棒に頭をぶつけたという武勇伝を大きなこぶをさすりつつ笑いながら隊員の一人が語ってくれました。
あの頃は,いつも泥だらけで傷ついては喜んでいたような気がします。
あの頃の夕日は今よりも大きかったような気がします。