皆様,ご無事ですか。
師走の終わりはもうそこまで来ています。
もう一息なのでがんばりましょう。
ここのところ寒波による冷え込みが強烈なのでちょっと危ない感じもしましたが,何とか今年も無病息災で乗り切れそうです。
体調管理といえば食生活は重要なポイントだと思います。
かつて,調理場で働いていた頃,賄い担当の当番が回ってきたときにあれこれと本を見ながら自作料理を考えたりしていたことがありました。当時,若かった私は肉や油をふんだんに使っていたため年配の人からはあまり受けがよくありませんでした。
そういえば,宗教上の理由で牛肉を使わない料理を注文される方やアレルギーのために卵を仕えないという方もおりましてそういった方に合わせて特別メニューを考えたりもしていました。
なお,職場にはおりませんでしたが,肉を食べないで野菜を中心とするいわゆるベジタリアンと言われる方もおられると聞きます。ベジタリアンにも宗教上の理由や健康管理の理由のほか動物愛護という理由の方もおられるそうです。
健康管理といえば,西武ライオンズ黄金時代を築いた広岡達朗元監督が選手に菜食を実行させたことは野球好きの間では有名な話です。
動物愛護を理由とするベジタリアンについては色々と議論があるようです。よく聞かれるのが植物も同じ命だろうという話です。まぁそりゃ確かにそうですが理由はどうあれ何を食べるかは本人の好きでしょうから動物性蛋白が不足しないようにお気をつけくださいと思うばかりです。
ただ,食事だけならまだしも動物愛護というスローガンを掲げた人たちの中にはちょっと行き過ぎと感じることもあります。
例の海の犬の人たちは,船にぶつかって玉砕したり心優しい人たちに助けられたりしても全く懲りずに不死鳥のように蘇り今日も妨害行為を繰り返していることでしょう。しかし,多額の寄付金が集まっているようで見過ごすことができないと思っています。もしかしたら政治にまで影響力を及ぼしかねません。
そういえば,動物愛護が大きく政治に影響を及ぼすことについて「生類憐みの令」というとてもいい例が日本にありました。この法令は悪法として伝わっていますが現在では見直す考えもあるそうです。犬のことだけが大げさに言われていますが,猫や鳥は当然虫や魚などの生き物のほか幼児や老人にまで保護が及んでいたそうです。(うぃき)
それ以前は街中の犬や猫も食されていたようなので,殺伐とした世の中に潤いを与える目的であると考えると結構優しさが垣間見られる法令ではあります。また,大っぴらにさえしなければ魚を釣るくらいはできたとの記録が残っているようです。
しかし,ちょうどその頃に元禄の大飢饉がありましたがその際に幕府8万匹の野犬を収容して食事を与えたそうでそれが批判の的になったのかもしれません。ただ,野犬が増えすぎたために治安維持の目的で収容したと考えることもできます。
「生類憐みの令」が廃止された後も犬や猫を飼う文化が庶民に生まれ逆に食することは無くなったようです。
そして,現在においても動物愛護法という動物において同様の趣旨の法律があります。
ちょっと前によく見かけた動物虐待のニュースにはやはりとても心が痛みました。
被害を受けた動物の心境や痛々しい姿に心を痛めましたし,同時に加害者の心理に言い知れぬ恐怖を抱いたということもあります。
一方で,宮崎県の口蹄疫が蔓延した時に泣きながら殺処分した農家の方々の気持ちも真実だと思っています。少ないながらも宮崎県司法書士会を通して募金させていただきました。
人間は生きるために理由とか意味を探します。もちろんあった方が全うに生きられるでしょうし,挫折があった場合でも立ち直るきっかけになるかもしれません。そして,それを動物にもそれを見出そうとします。
でも,実際に動物が自分達の生きている理由を自覚して活動しているかというとちょっと判りづらいです。たとえば,植物についたアブラムシを食べることがてんとう虫の生きている理由かというと植物を育てている人間にとってはそうかもしれませんが,てんとう虫にしてみれば生きている時間のうちの食の部分でしかありません。
だから,生態系というのは結果であってそれぞれが意識を持って起こしていることではありません。この無意識こそが人間の力の及ばないところであると思います。
意識があるからこそ自然という無意識な事を容認できずに発展したのが文明や科学や医学です。たとえば,自然の森の中ではどんな動物に襲われるかわからないから木を切り倒して集落を作り人間にとって住みやすく作り変えました。そうやって,発展を続けることにより自然に大きな影響を与えていることも事実です。だから,結局人間が完全に自然に溶け込むのは無理だと思います。ただ,人間が長い時間を掛けて続いてきた伝統や文化に自然が順応することもあるでしょう。
だから,極力自然に影響を及ぼさないようと考える慎ましさが大事だとおもいます。まるで知ったようにむやみに特定の動物が可哀想という理由で過剰に保護することが生態系にいい影響を与えるとは限りません。
そう考えると人間が動物や植物の命を奪ったり利用したりすることについて善いか悪いかの判断は人間の心の部分に問いかけることかもしれません。
食用にしたって取りすぎてはいけないし,動物を保護するにしても特定の動物だけ過剰に保護したら他の動植物に影響が出かねないし・・・
人間が自然のサイクルに完全には溶け込めない以上,もつべきものは慎ましさではないかなと。
そして,お肉も野菜も魚も敬愛の念を込めて食べさせていただきまーす!